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適切な労務管理のポイント <厚生労働省ホームページより>

法令や労使間で定めたルールを遵守することはもちろん、事前に十分な話合いを労使間 で行うことや、お互いの信頼関係や尊厳を損ねるような方法を避けることは、労使間の紛 争を防止するためにも欠かせないことです。
 
この特集記事では、労働条件の変更や雇用調整(参照)をやむを得ず検討 しなければならない場合であっても守らなければならない法令の概要や、労務管理上参考 となる主要な裁判例を取りまとめました。参考にしていただき、労働条件の確保に向けた 適切な労務管理を実施するようお願いします。

 

1 賃金の支払

 

労働者が安心して生活していくためには、賃金や退職金が確実に支払われることが必要不可欠です。賃金の 支払等については労働基準法等に定められたルールを遵守する必要があります。

 

(1)賃金の確実な支払

賃金は、労働者にとって重要な生活の糧であり、確実な支払が確保されなければなりません。

 

【法令】 賃金は、①通貨で、②直接労働者に、③全額を、④毎月1回以上、⑤一定の期日を定めて支払わなければ なりません。 (労働基準法第 24 条)

 

(2)退職金・社内預金の確実な支払等のための保全措置

退職金は労働者の退職後の生活に重要な意味を持つものであり、また、社内預金は労働者の貴重 な貯蓄ですので、万一、企業が倒産した場合であっても、労働者にその支払や返還が確実になされ なければなりません。

 

【法令】 退職金制度を設けている場合には、確実な支払のための保全措置を講ずるように努めなければならず、ま た、社内預金制度を行う場合には、確実な返還のための保全措置を講じなければなりません。(賃金の支払 の確保等に関する法律第3条、第5条)

 

(3)休業手当の支払

企業側(使用者)の都合で休業させた場合には、労働者に休業手当を支払い、一定の収入を保障 する必要があります。

 

【法令】 一時帰休など企業側の都合(使用者の責に帰すべき事由)により所定労働日に労働者を休業させた場合に は、休業させた日について少なくとも平均賃金の 100 分の 60 以上の休業手当を支払わなければなりません。 (労働基準法第 26 条)

 

参考 未払賃金の立替払制度の概要

未払賃金の立替払制度は、企業倒産に伴い、賃金が支払われないまま退職した労働者に対して、未払とな っている賃金の一部を、国((独)労働者健康福祉機構)が事業主に代わり立て替えて支払う制度です。  立替払の対象となる未払賃金は、退職日の6か月前以降の未払賃金で、①定期賃金(休業手当を含む。)、 ②退職金が対象となります。 詳しくは最寄りの労働基準監督署にお問い合わせください。 ※ 立替払を行った場合、国((独)労働者健康福祉機構)は、立替払金に相当する金額を、事業主等へ求 償することとしています。

 

2 労働条件の変更

 

労働条件の引下げ等を行う場合には、法令等で定められた手続き等を遵守するとともに、事前に十分な労 使間での話合いなどを行うことが必要です。

 

(1)合意による変更

労働契約の変更は、労働者と使用者の合意により行うのが原則です。(労働契約法第3条) 労働者と使用者が合意すれば、労働条件を変更することができます。(労働契約法第8条)

 

(2)就業規則による変更 

使用者が一方的に就業規則を変更して、労働者の不利益に労働条件を変更することはできませ ん。 就業規則によって労働条件を変更する場合には、内容等が合理的であることと、労働者に周知さ せることが必要です。

 

【法令】 使用者は、労働者の合意を得ない限り、一方的に就業規則を変更して、労働者の不利益に労働条件を変更 することはできません。 (労働契約法第9条)   ただし、使用者が、次の要件を満たせば、就業規則の変更によって労働条件を変更することができます。 (労働契約法第 10 条)  ① その変更が、以下の事情などに照らして合理的であること。    ・ 労働者の受ける不利益の程度    ・ 労働条件の変更の必要性    ・ 変更後の就業規則の内容の相当性 ・ 労働組合等との交渉の状況 ② 労働者に変更後の就業規則を周知させること。
 
就業規則の作成や変更に当たっては、事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労 働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合は労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなけれ ばなりません。 (労働基準法第 90 条)

参考 労働契約法

労働契約法は、労働契約の基本的なルールを定めています。罰則はありませんが、解雇等に関して、民法の権利濫用法理を当てはめた場合の判断の基準などを規定しており、私法上の効果を明確化するものです。民事裁判や労働審 判は、労働契約法の規定を踏まえて行われます。

 

(3)配置転換・出向

 

① 配置転換

配置転換を命じるには、就業規則等にその根拠を置いていただくことが望まれます。 裁判例によれば、配置転換命令の業務上の必要性とその命令がもたらす労働者の生活上の不利 益とを比較衡量し、権利濫用に当たるかどうか判断される場合があるとされています。

 

【法令】  事業主は、従業員に就業場所の変更を伴う配置の変更を行おうとする場合に、その就業場所の変更によっ て子育てや介護が困難になる従業員がいるときは、当該従業員の子育てや介護の状況に配慮しなければなり ません。 (育児・介護休業法第 26 条)

 

【裁判例】  転勤命令について、業務上の必要性がない場合又は業務上の必要性がある場合であっても、他の不当な動 機・目的から転勤命令がなされたとき、もしくは転勤命令が労働者に対し通常受け入れるべき程度を著しく 超える不利益を負わせるものであるときには、当該転勤命令は権利の濫用になる。 (最高裁第二小法廷 昭和 61 年7月 14 日判決)

 

※配置転換命令が無効とされた裁判例

自らの社内での配置先を探させられるほかは単純労働のみを行うような部署へ配属すること は、人事権の裁量の範囲を逸脱した違法なものとして無効となる場合があるとする裁判例があり ます。 これに類似するような、社内配置転換・子会社や人材会社等へ出向させ、配置転換先等で自ら の次の配置転換先、再就職先、出向先を探させるような業務命令は、働く方々が安心して働ける 職場環境という観点からは、不適切であることから、配置転換等を命じるに当たっては、業務上 の必要性やその目的等を十分に踏まえた上で対応するようにしてください。

 

【裁判例】  人財部付に配属された社員は名刺も持たされず、社内就職活動をさせられるほかは、単純労働をさせられ たのみであること、人財部付の制度の運用が開始された当初は、配属先が見つかればD評価、見つからなけ ればE評価という運用がなされていたこと、電話にも出ないよう指示されていたこと等を総合すると、人財 部付は実質的な退職勧奨の場となっていた疑いが強く、違法な制度であったといわざるを得ない。  …人財部付で他の異動先が見つからなかったメンバーはいずれも業務支援センターに配属されていること、 他部署から受注した業務の大半は単純作業であること、業務支援センターのメンバーは社内ネット、イント ラネット上の人財部ホルダーやチームサイトにアクセスができない状況にあること、人財部担当者一覧には、 業務支援センターの名前、メンバーの氏名などが一切記載されていないこと等を総合すると、到底、人財部 の正式な部署といえるような実態ではなく、人財部付の延長線上にあるといわざるを得ず、違法な実態を引 き継いでいると認められる。 そうすると、原告に対する人財部業務支援センターへの配転命令は、人事権の裁量の範囲を逸脱したもの でありその効力はないと解するのが相当である。 (東京地裁立川支部 平成24年8月29日判決)

 

② 出向

(在籍)出向を命じるには、個別的な同意を得るか、または出向先での賃金・労働条件、出 向の期間、復帰の仕方などが就業規則等によって労働者の利益に配慮して整備されている必要 があるとされています。 出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情等に照らして、その権利を濫用し たものと認められる場合には、その命令は無効となります。 転籍については、労働者本人の同意(合意)を要するので、使用者は一方的に労働者に転籍 を命じることはできません。

 

【法令】 使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者 の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、 無効となります。(労働契約法第 14 条)

 

※出向命令が無効とされた裁判例

一貫してデスクワークの仕事をしてきた労働者について、希望退職募集への応募の勧奨を断 った段階で、子会社に出向させて単純作業に従事させた場合は、当該出向は、退職勧奨を断っ た労働者が自主退職することを期待して行われたものであり、業務上の必要性がなく、また、 人選の合理性も認めることもできず、権利の濫用に当たり無効となる場合があるとする裁判例 があります。 このような出向命令は、働く方々が安心して働ける職場環境という観点からは、不適切であ ることから、出向を命じるに当たっては、こうした裁判例や労働契約法第 14 条の規定を十分に 踏まえた上で対応するようにしてください。

 

【裁判例】  …固定費削減の具体的な方策の一つとして、作業手順や人員配置を見直し、それによって生じた余剰人員 を外部人材と置き換えること(事業内製化)で人件費の抑制を図ろうとすることには、一定の合理性がある というべきである。…事業内製化による固定費の削減を目的とするものである限りは、本件出向命令に業務 上の必要性を認めることができるというべきである。 …余剰人員の人選が、基準の合理性、過程の透明性、人選作業の慎重さや緻密さに欠けていたことは否め ない。…余剰人員の人選は、事業内製化を一次的な目的とするものではなく、退職勧奨の対象者を選ぶため に行われたとみるのが相当である。 …子会社における作業は、立ち仕事や単純作業が中心であり、原告ら出向者には個人の机やパソコンも支 給されていない。それまで一貫してデスクワークに従事してきた原告らのキャリアや年齢に配慮した異動と はいい難く、原告らにとって、身体的にも精神的にも負担が大きい業務であることが推察される。…本件出 向命令は、退職勧奨を断った原告らが翻意し、自主退職に踏み切ることを期待して行われたものであって、 事業内製化はいわば結果にすぎないとみるのが相当である。 …本件出向命令は、事業内製化による固定費の削減を目的とするものとはいい難く、人選の合理性(対象 人数、人選基準、人選目的等)を認めることもできない。したがって、…本件出向命令は、人事権の濫用と して無効というほかない。 (東京地裁 平成25年11月12日判決)